2008年08月20日
ただいま!

沖縄の畑からやってきたドラゴンフルーツ
沖縄旧盆の旅から帰ってきました。この2日間ほど、沖縄にまぶい(魂)を落としてきたかのように、ボーっと過ごしていました。
時差ボケならず、時空ボケというのでしょうか。
沖縄と東京、流れている空気と時間がどうも違うのです。
結婚してはじめて参加したウークイ(ご先祖様を送る日)は、仏壇を4ヶ所まわりました。
仏壇の前には、塔のように積み上げられたウサンデー(お供え)、
おいしい手作りの食事、和やかな会話。
最後に訪れた本家には、30人以上の親戚の人たちが集まっていました。
お酒を飲んでゆんたくする大人たち、走りまわり、飛び跳ねる子供たち。
平和ってこういうのを言うんだなーと思いました。ご先祖様がきっとほほえんでいるはず。
みんなで浦添商業の試合を応援したり、読谷の海に洋服のままつかったり、
緑のコトリ父の畑を見学したり、ネコマーマー家族や先生や友だちたちに会ったり。
とても貴重な時間を過ごすことができました。
緑のコトリさんが育ってきたこのおだやかな環境を思うと、
はじめての東京暮らしちょっとしんどいことがあってもとうぜんかなと思ったり。
でも、どこにいても、自分の一番大切な輝きはなくさないこと。感謝すること。
わたしたちは、また一つ強くなって、家族やご先祖様や読谷の海に会いにこよう。
2008年08月14日
特別な日
明日、8月15日は特別な日になりそうです。
終戦記念日、ウークイ、親友タマの誕生日、そして浦添商業野球部の準準決勝。
いろんなことが重なりました。
早朝の便で沖縄へ。
沖縄で浦商の応援ができるなんてうれしいです。
ご先祖さまが帰ってきている時に甲子園で戦えるなんて素晴らしい!
終戦記念日、ウークイ、親友タマの誕生日、そして浦添商業野球部の準準決勝。
いろんなことが重なりました。
早朝の便で沖縄へ。
沖縄で浦商の応援ができるなんてうれしいです。
ご先祖さまが帰ってきている時に甲子園で戦えるなんて素晴らしい!
2008年08月14日
応援してます。
母校が敗れ去った今、コトリは「浦添商業高校」を応援してます。
そう、全国高校野球大会です。今年は、90回目で記念大会でもあるそうです。
本日、3回戦目の試合があります。
浦商の相手は・・・、なんと東東京代表の関東一校じゃないですか。
こちらも甲子園の常連校で手ごわい相手です。
生まれも育ちも東京で、沖縄には4年しかすんだことがないわたしですが、
やはり応援したくなるのは浦商です。
選手の名前がアナウンスされるたびに「沖縄っぽい名前!」とか「南国顔!」って反応してしまいます。
もうすぐお盆なので緑のコトリさんの田舎に帰ります。
今日、浦商が勝ち進めば、次の試合(準準決勝?)は沖縄で応援することになります。
ということで今、バックパックに甲子園タオルをつめこんだところです。
そう、全国高校野球大会です。今年は、90回目で記念大会でもあるそうです。
本日、3回戦目の試合があります。
浦商の相手は・・・、なんと東東京代表の関東一校じゃないですか。
こちらも甲子園の常連校で手ごわい相手です。
生まれも育ちも東京で、沖縄には4年しかすんだことがないわたしですが、
やはり応援したくなるのは浦商です。
選手の名前がアナウンスされるたびに「沖縄っぽい名前!」とか「南国顔!」って反応してしまいます。
もうすぐお盆なので緑のコトリさんの田舎に帰ります。
今日、浦商が勝ち進めば、次の試合(準準決勝?)は沖縄で応援することになります。
ということで今、バックパックに甲子園タオルをつめこんだところです。
2008年08月05日
甲子園の夏

最後のバッターは、エースの山地君だった。
一塁ベースに頭から飛び込みタッチアウトされた時、彼らの夏が終わった。
18年前のわたしたちのように、アルプススタンドのあの子たちも泣いているのだろうか。
マウンドに立つ野球部たちと一心同体みたいな気持ちになって、
打っても、打たれても、走っても、勝っても、負けても泣いたあの時のように。
久しぶりに会う同級生たちと「あんなに一生懸命になれることって、大人になるとそんなにないかもね」って、なつかしく高校時代を思い出した。
神宮球場での決勝戦では、「会いたいね」といいながらなかなか会えなかった同級生たちと会えた。いつもふざけあっていた野球部の子たち(今は立派な青年)、わたしたちを甲子園に連れていってくれた18年前の甲子園メンバーの人たちとも。
そしてなによりも、毎日が楽しくて幸せでしかたなかったあの時間たちがよみがえってきたことがうれしかった。
プロ野球はほとんど見ないし、野球のルールもほとんどわからない。
でも高校野球はほとんど毎年見にいっていたのは、「一度きりの夏」に自分の全部を注ぎ込む姿に会いたかったし、いつも自分自身がはげまされていたから。
甲子園2日目。第一試合。
14対1で母校は完敗した。
でも、この夏甲子園にいけたことは、
野球部も、それを応援した高校生たちも、
これから進んで行く道で大きな力になるのは確かだと思う。
ありがとう鶴高野球部!!
2008年07月26日
2008年07月26日
2008年06月27日
自己治癒力
3週間くらい前から頬の一部が赤く炎症をおこしています。
それはちょうどうっすらとシミがあったところ・・・。
思い起こせば7、8年前にいた職場がヘビースモーカーの集まりみたいなところで、なんとおそろしいことに自分のデスクで吸えるという環境。タバコの煙は、体内のビタミンCも破壊すると聞いたことがあります。スモーカーたちのはく煙とお肌の曲がり角などが重なり、ポワーンとあらわれはじめたハート型のシミ。それは沖縄の陽射しとあいまって、じょじょに濃くなってきた気がしていました。
人が見たらあまり気にならないことでも、自分的には気になってしまうのが乙女心。
鏡をみながら「ターンオーバーを繰り返しながらどうか消えてください」と願っていました(半分あきらめながら)。いざとなれば、レーザー治療やケミカールピーリングなどの手段があるとも。
そして今日。シミと同じ輪郭に炎症を起こした肌をお医者さんにみてもらいました。
(ほおっておいて、シミが濃くなったり、あるいは皮膚がんに変異してもらっては困るので)
「これは肌の自己治癒力です。時々こういうことがあるのですが、シミの部分が自分で修復しようとしている最中なんです。それで炎症を起こっています。この炎症がひけばシミがうすくなるのです」
なんと!!肌が生まれ変わろうと、自主的にがんばっているとは。
「素晴らしいわたしの体♪」と喜んでいたのもつかのま、先生がこういいました。
「でもね、だいたい3ヶ月くらいかかるんです(炎症がとれるまでに)。自己治癒力にまかせて薬はぬらないといっていた人も、1ヵ月くらいで『やっぱりまってられません』って薬もらいにくるんですよ。経験では100%そうかもしれません。今は自己治癒力にたよらなくても、いいお薬がありますし・・・。まずは炎症をとってそれから対処しましょう」
炎症をとるということは、肌が自分で修復しようとしている力をおさえるということでもあるのかとたずねると、そのとおりですと先生。うーん、なんかもったいなく感じるのはわたしだけかしら。せっかく肌が自力で正常に戻ろうとしているのに。
病院でだしてもらったのは「アルメタ軟膏(ステロイドホルモン剤)」という薬。
もらった薬は使わずに、しばらくお肌の修復作業を見守ってみようと思っています。
それはちょうどうっすらとシミがあったところ・・・。
思い起こせば7、8年前にいた職場がヘビースモーカーの集まりみたいなところで、なんとおそろしいことに自分のデスクで吸えるという環境。タバコの煙は、体内のビタミンCも破壊すると聞いたことがあります。スモーカーたちのはく煙とお肌の曲がり角などが重なり、ポワーンとあらわれはじめたハート型のシミ。それは沖縄の陽射しとあいまって、じょじょに濃くなってきた気がしていました。
人が見たらあまり気にならないことでも、自分的には気になってしまうのが乙女心。
鏡をみながら「ターンオーバーを繰り返しながらどうか消えてください」と願っていました(半分あきらめながら)。いざとなれば、レーザー治療やケミカールピーリングなどの手段があるとも。
そして今日。シミと同じ輪郭に炎症を起こした肌をお医者さんにみてもらいました。
(ほおっておいて、シミが濃くなったり、あるいは皮膚がんに変異してもらっては困るので)
「これは肌の自己治癒力です。時々こういうことがあるのですが、シミの部分が自分で修復しようとしている最中なんです。それで炎症を起こっています。この炎症がひけばシミがうすくなるのです」
なんと!!肌が生まれ変わろうと、自主的にがんばっているとは。
「素晴らしいわたしの体♪」と喜んでいたのもつかのま、先生がこういいました。
「でもね、だいたい3ヶ月くらいかかるんです(炎症がとれるまでに)。自己治癒力にまかせて薬はぬらないといっていた人も、1ヵ月くらいで『やっぱりまってられません』って薬もらいにくるんですよ。経験では100%そうかもしれません。今は自己治癒力にたよらなくても、いいお薬がありますし・・・。まずは炎症をとってそれから対処しましょう」
炎症をとるということは、肌が自分で修復しようとしている力をおさえるということでもあるのかとたずねると、そのとおりですと先生。うーん、なんかもったいなく感じるのはわたしだけかしら。せっかく肌が自力で正常に戻ろうとしているのに。
病院でだしてもらったのは「アルメタ軟膏(ステロイドホルモン剤)」という薬。
もらった薬は使わずに、しばらくお肌の修復作業を見守ってみようと思っています。
2008年06月04日
ゴールデン月間
6月はコトリにとってゴールデンマンスリーです。
入籍記念日(虫歯の日)、誕生日、結婚式記念日(慰霊の日)と、めじろ押し。
この1年あっという間でした。
幸せながら、山あり谷あり。2人でいると、起こってくる日々の出来事も2倍。
うれしいことも、悲しいことも。
新しい名前でよばれることにもようやくなれてきたここからがスタートかなと思っています。
今日から1年ぶりに長期のお仕事をはじめます。
コトリ工房との両立ができるように週3日位の仕事を探していました。
眠るの大好きで、のんびり屋のコトリは、メリハリのある生活をめざします。
よく働き、よく遊び、よく作り、よく眠る。
ゴールデン月間、この1年のこと、これからのこと、
じっくり考えて進んでいこうと思います。
入籍記念日(虫歯の日)、誕生日、結婚式記念日(慰霊の日)と、めじろ押し。
この1年あっという間でした。
幸せながら、山あり谷あり。2人でいると、起こってくる日々の出来事も2倍。
うれしいことも、悲しいことも。
新しい名前でよばれることにもようやくなれてきたここからがスタートかなと思っています。
今日から1年ぶりに長期のお仕事をはじめます。
コトリ工房との両立ができるように週3日位の仕事を探していました。
眠るの大好きで、のんびり屋のコトリは、メリハリのある生活をめざします。
よく働き、よく遊び、よく作り、よく眠る。
ゴールデン月間、この1年のこと、これからのこと、
じっくり考えて進んでいこうと思います。
2008年06月03日
雨の田植え

秋の稲刈りに続き、千葉県の農家さんの田植えに参加させてもらいました。
でも、あいにくこの日は朝から雨、そして時々豪雨。沖縄の雨を思い出すようなそんな天気でした。
雨でもやるということだったので、雨合羽とシュノーケリングシューズをもって臨みました。
いつもは、田んぼに碁盤の目のような線をひいてから田植えしていくそうなのですが、今回は水かさもあるので目印のつけられたひもを両端の人がもって、そこに苗を植えていくという方法でした。
子供も大人も混ざり合った30人以上の人たち全員が息をあわせて苗を植えるのは至難のわざ。
「おーい、こっちはまだ準備できてないぞ」
「ひもがたるんでるから、苗植える場所がずれた~」
毎回参加している人も「いつもはこんなに大変じゃないよ・・・」とつぶやいていました。
苗は前進しながら植えるのですが、田んぼを半分くらい過ぎた頃には自然とみんなが声をかけあい、横の列をそろえながら進むことができるようになっていました。気がつけば、雨もやみ、泥にうまった足もあたたかさを感じるようになりました。
たとえるなら、子供の頃した運動会の練習ににています。最初は、ぜんぜん足並みがそろっていなかったのに、練習を重ねるごとに仲間との歩調とリズムがあってきて、気がつけば気持ちもつながっていたというあの感覚。
みんなで力をあわせて田植えしたお米。秋が楽しみです。
タグ :田植え
2008年05月26日
おばちゃんとの別れ
伯母がなくなってから10日が経ちました。
小さい頃からかわいがってくれていた一番身近なおばちゃんです。
身近な人の死は、高校生の時、おじいちゃんとおばあちゃんがなくなって以来でした。
なんというのか、実感がわかないのです。
お葬式も終わって、火葬もして、一通りのセレモニーが終わっても、おばちゃんがもう同じ世界にいないということが、なかなか心に浸透してこないのです。棺の中で目をつむっているおばちゃんを見て涙が出ました。ドライアイスで冷たくなったおばちゃんの額に手をあてるとまた涙が出ました。
でも、ほんとうのところ実感はできてないのかもしれません。
お坊さんのお経を聞いていると、少しだけ「生」や「死」の意味がわかったような気がしました。
これと同じお経を高校生の時聞いた時も同じような気持ちになったのを覚えています。
私たちは生まれたときから「死」に近づいている。永遠に続く命なんてなくて、それはみんな平等なこと。
お通夜の後の会食で、お坊さんが言っていました。
「(奥さんの)七回忌が過ぎる頃までは、さびしくてしかたなかった」
毎日、お経を読み上げているお坊さんだってこんなふうに感じるのだから・・・。
ただ今回のことで思ったのは、子供たち(孫)は私たち大人にとって希望の光だなということ。
この悲しい場面に、子供たちの笑顔と元気な姿があったのは、なによりも心がなぐさめられました。
おばちゃんはいなくなっても、若い命のなかに受け継がれているものが確かにあると、そう思ったのです。
「死」の意味はまだわかりません。
だけど「生きている」ことを大切にかみしめて暮らしていこうと改めて思いました。
おばちゃん、ありがとうございました。
小さい頃からかわいがってくれていた一番身近なおばちゃんです。
身近な人の死は、高校生の時、おじいちゃんとおばあちゃんがなくなって以来でした。
なんというのか、実感がわかないのです。
お葬式も終わって、火葬もして、一通りのセレモニーが終わっても、おばちゃんがもう同じ世界にいないということが、なかなか心に浸透してこないのです。棺の中で目をつむっているおばちゃんを見て涙が出ました。ドライアイスで冷たくなったおばちゃんの額に手をあてるとまた涙が出ました。
でも、ほんとうのところ実感はできてないのかもしれません。
お坊さんのお経を聞いていると、少しだけ「生」や「死」の意味がわかったような気がしました。
これと同じお経を高校生の時聞いた時も同じような気持ちになったのを覚えています。
私たちは生まれたときから「死」に近づいている。永遠に続く命なんてなくて、それはみんな平等なこと。
お通夜の後の会食で、お坊さんが言っていました。
「(奥さんの)七回忌が過ぎる頃までは、さびしくてしかたなかった」
毎日、お経を読み上げているお坊さんだってこんなふうに感じるのだから・・・。
ただ今回のことで思ったのは、子供たち(孫)は私たち大人にとって希望の光だなということ。
この悲しい場面に、子供たちの笑顔と元気な姿があったのは、なによりも心がなぐさめられました。
おばちゃんはいなくなっても、若い命のなかに受け継がれているものが確かにあると、そう思ったのです。
「死」の意味はまだわかりません。
だけど「生きている」ことを大切にかみしめて暮らしていこうと改めて思いました。
おばちゃん、ありがとうございました。





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