2007年03月31日
気胸とはなんだ?
緑のコトリさんから「病名はまだわからないけれど、肺が少ししぼんでいるらしい」というのを聞いて、さっそくネットで『肺 病気』と検索してみると・・・、「ん?これは」という疑い濃厚な病気にでくわしました。
「病名:自然気胸(しぜんききょう)-背が高く痩せ型の若い(10代〜20代)男性に起こりやすい傾向にある」
緑コトさんはたしかにやせのっぽ型。体験記のようなものを読んでいくと「胸のあたりが痛く、肺からポコポコという音がきこえてきた」という記述もあり、まだお医者さんが診る前から「緑コトさんは、自然気胸に違いない」と9割がた思っていました。どういう病気か、治療法、手術など引き続き検索。
どうやら、気胸というのは、肺の表面にできる「ブラ(のう胞)」という風船状のものが、何かの要因で破れ、肺に穴があくという病気をいうようです。やせのっぽに多いというのは、成長過程において、急激な骨の発育によって肺がひきのばされた結果、ブラができる可能性があるようです。(※ブラをもっている人は15%くらいだとか)
そしてCTとレントゲンの結果によって、結果がつげれられました。
診断名はやはり「自然気胸」。
緑コトさんの穴は幸いにも小さく、肺が少ししぼんだ時に安静にしていたことで、穴はうまっているようです。ですが、このように自然治癒だけでいくと、ブラそのものはのこり、再発率は50%といわれています。となると、肺にいつ爆発するかわからない爆弾をかかえているようなもので、飛行機やダイビングでの気圧の変化、激しい運動など日常生活でも危険要素は多くなります。
おそろしいことに次の週、ダイビングとフライトの予定がはいっていましたが、すべてキャンセル。
これも不幸中の幸いでした。
そこで緑コトさんは、即決。
「手術してください!」外科の先生にお願いしました。
こうして内視鏡による胸腔鏡手術を行うことになりました。
続く
2007年03月30日
肺に穴があきました。
緑のコトリさんが入院しました。
ある日の夜、ごはんを食べ終わった緑のコトリさんが「痛いよー」と左胸をおさえて転がりました。
痛いだけではなく、胸のあたりから「ポコ、ポコ」と変な音がきこえるというのです。
とっても痛そうなので、いそいで準備をして救急の病院へタクシーでいくことにしました。
夜の病院は、急患の人たちであふれかえっていました。
心電図を2時間くらいみてもらい、波形に特に異常はなかったものの、数時間後にまた心電図をみるということでこの日はそのまま入院。
翌日、外科の先生に診てもらい、ついた診断名は「自然気胸(キキョウ)」。
レントゲンで肺をみると、左のほうが少ししぼんでいたそうです。
なぜしぼんでいたのか。それは肺に穴があいてしまったからです。
こうして緑のコトリさんの入院生活がはじまりました。
あぁ・・・
続く
2007年03月25日
山原紀行 2(土採取編)

さて、コトリはいつの頃からか、どこを歩いていても土の色を追い求めるようになっていました。
ドライブしていても、自転車にのっていても、歩いていても、土がむき出しになっている場所を通ると、心が「ハッ!」としてしまうのです。
「あの土の色はいい」とか「あれは新色だ」とか。
沖縄には「赤土」があるというのは知っていたのですが、こうして注意深くみていると、赤の種類の多いこと。赤に黄みがくわわればオレンジ色になりますし、黄みがほとんど入らなければレンガ色。
まさに土の色はアースカラー。
今回は、土探し最北端の旅でした。国頭へカラフルな土を求めて。

こんなふうにビニール袋にコツコツと土を集めます。

これはかなり赤系。 同じ場所でも色が混合してます。

これは新色です!貴重な白土。 少しほってみると違う色が出現。
今年からは、土探しの旅、全国(全世界)展開の予定です。
2007年03月25日
山原紀行 1(見学編)

沖縄本島北部の国頭(くにがみ)にいってきました。沖縄は小さな島といわれていますが、南から北まで行くと長旅です。紅型の先生たちと顔料にする「土」を求めてグングンと北上しました。
まずは名護の市街地をこえて、山道をすすみ東村高江区までやってきました。高江といえば「ヘリパッド建設」にゆれる地域。道路脇には、建設反対を訴える看板が並んでいました。この自然あふれるのどかな村の頭上に、米軍のヘリが飛び交うなんて。
途中、米軍のペイント弾が大量にみつかった新川ダムも通りました。
続いて、国頭村阿波(アハ)にやってきました。
阿波(アハ)
小学校の先生をしている池田さんに案内してもらいピンク系の土のある場所へ。
一緒にいた山原出身の宮里さんは、子供の頃から畑仕事をしていたので植物にくわしいです。
「あれは野生のニガナ」「これはキイチゴ」というように、いろいろ教えてくれました。雑草としてひとまとめに見ていた野原が、生き生きと個性をもって見えてきました。
この近所に暮らしている池田さんは「気にしてなかったけれど、ここにはいろんなものがあるんですね」とあらためて感動していました。ちなみに阿波小学校の全校生徒は、この春から4名だそうです。(写真の黄色い建物が阿波小校舎)
山原は新緑の季節。緑色のバリエーションにとんだブロッコリー(イタジイ)の森の美しい姿。
自然に囲まれた場所にいると、どうしてこんなにも静かでやさしい気持ちになるのでしょう。

<野牡丹> <キイチゴ> <車輪梅> <イタジイの森>
2007年03月24日
2007年03月23日
内なる旅 ホクレア号が行く

春分の日、沖縄テレビで「"幸せの星"に導かれて~伝統航海カヌー・ホクレア号日本へ」が放映されていました。「これは絶対に見よう」と思っていたのですが、仕事中だったこともあり気が付くと30分見そこなってしまいました。
船長ナイノア・トンプソンさんが「次世代のための航海なのです」といってたのが印象的でした。そして「海は言葉です」という言葉も。
コトリが夜眠る前に少しずつ読んで、眠る時は枕の下にひいている本があります。「Tarzan特別編集 ホクレア号について語ろう! 」(マガジンハウス・2004年出版)です。「ホクレア号のことをもっと知りたいな」と思っている時に、偶然カフェにおいてありました。3年前の雑誌ですが、スターナビゲーションのこと、カヌーのこと、日本との関係、ハワイの歴史、そういう知識がほとんどないコトリにとっては本当にありがたい本でした。
3年前の記事の中には、「ホクレア号は今度は日本に向かう計画をたてている」ということが書かれていました。それが今、現実となって近づいています。
ナイノア「私たちが伝統航海術について説明する場合、星を見たり、波を見たりといった、目で見えるものに関しての話になってしまいます。けれど、数千キロに及ぶ航海を成功させるには、それだけではない“内なる旅”が必要です」 (ハワイ州観光局WEBより)
ハワイと日本を結ぶ約1万3000キロの航海は、私たちに何を見せてくれるのでしょうか。
2007年03月20日
天然酵母パン教室

『天然』とつくものにねっぽう弱いコトリは、できればパンも『天然酵母』ものを食べたいと思っています。天然酵母のパンというと、硬めで少し酸味があるものだと思って
いたのですが「Rseigle」のパンを一口食べて「???ふんわりやわらかい。しかもパン生地がモッチと弾力がある!!!」と驚きました。こんな言い方はどうかと思いますが、天然酵母をつかっていながら、あのスーパーなどでうっている添加物いっぱいのパンにまけないくらいふんわりしてるのです。
「Rseigle」のパンは店頭販売はしていないらしいのですが、岩盤浴フランジパニさんがお知り合いらしく、特別に限定販売した時に出会うことができたのです。
その後、新聞を読んでいると「Rseigle」さんのパン教室の案内がありました。思い立ったが吉日、さっそく連絡して、
パン教室に参加することができました。

今日、焼いたパンは3種類。バターロール、ウィンナーロール、チョコチップロール。生地は共通で、胚芽入りでした。
東京で半年ほどパン教室に通ったことがあるのですが、すごくひさしぶりだったのでワクワクしてしまいました。あのパン生地の感触、ふくらんでくる様子、焼けてきた香ばしい香り。こちらのパン教室では「ホシノ天然酵母」をつかっています。
先生は、まだ今ほど天然酵母が認知されていない頃から、東京と沖縄をいったりきたりして天然酵母でのパン作りを習得されたそうです。そして人知れず努力して身につけた技術をけして独りじめせずに、沖縄でこのおいしいパンの作り方を広めているところが、これまた素晴らしい!と感じました。
県内で開業しているパン屋さんも、生徒さんとして教室にくるそうです。
コトリも、おいしくて、健康にもいいパンを家族や友だちのために作りたいです。
そうそう、天然酵母のパン屋さんといえば、北海道の自宅でパンを作っているお友だちがいます。
みのまわりの自然から素材をもらい、季節でかわるおいしいパンを作っています。
お友だちのパンは、東京のカフェ「Cafe Eight」で食べることができますよ!
人生をパンに捧げ、おいしい水と空気をもとめて北海道に引越した偉大なお友だちです。
2007年03月18日
乳がん検査
乳がんに限ったことではないけれど、自分の体や健康状態をみなおすということで、1年に1回は健康診断や人間ドッグにいくのがいいと思われます。
今回、コトリは7年ぶりくらいに健康診断をうけてきました。
そして、はじめてオプショナルで「乳がん&子宮がん」検査もしてもらいました。
乳がん検査は、視触診とマンモグラフィーというX線撮影。
マンモグラフィーは欧米では、乳がん検査の主流方法となっていますが、日本ではまだ5%ぐらいだとか。でも、乳がんの一つの特徴である「しこり」にふれない初期段階でも、マンモなら発見する確率が高いそうです。ただし、30代くらいまでなら「超音波診断」のほうが適しているとか。
マンモ検査受診者1,000人中50人(5%)が要精密検査になり、そのうち1~2人(2~4%)が乳がんと診断されるそうです。なので、再検査になったからといって「自分は乳がんだ~」と落ち込むのはまだ早いのです。とはいえ、コトリのように5%にはいってしまったらちょっとショックですね。
乳がんになりやすい条件というのが、あるらしいのです。
・家族に乳がん患者がいる
・初産が30歳以上
・年齢が40歳以上
・身長160cm以上
・初潮が14歳未満
・標準体重より+20%以上の肥満
各機関によって、年齢部分は前後しているようなのであくまでも参考ですが。
なんだか医療機関のページみたいになってしまいましたが、今回のことで感じたことは、
「自分は関係ない」と思わずに、1年に1回くらいは検診にいってみようということです。
病気になったら、自分だけではなく、家族やまわりの人たちにも心配させてしまうから。
悪いところは、はやめに治してあげましょう。
<参考サイト>
国立がんセンター/あなたも乳がん検診適齢期
乳がんJP
乳がんの症状や治療法など
2007年03月18日
余命
というようなことを考えるようになるのは、一般的に何歳くらいなのだろう?
コトリはすでに何回かそんなことを考えたことがあります。
戦地になる場所に旅立つ時がそれでした。
そして健康診断で癌の疑いが出てしまった時。
命にかかわる時って、周りに心配させてはいけないという思いと、
自分自身の不安で口がかたくなります。
先日、生まれてはじめての「乳がん検査」を受けました。
30代になったら受けようと思っていたのです。
まあ大丈夫だと思うのですが、安心のためにもという気持ちで。
が、なんと要再検査(精密検査)のお知らせがやってきた~。
500人に1人が再検査になるというマンモグラフィー。
その1人に自分がなるとは・・・。
結果からいうと、精密検査の結果は異常なしでした。
とはいうものの、精密検査の結果が出るまで、自分なりに人生について考えてみました。
最悪、自分の命があとすこしだった場合、何かやりのこしたことはないか。
今までの人生、満足できているのか。癌になったら、進路の変更をするのかどうか。
不思議と落ち込むというよりは、静かな気持ちで自分の今まで過ごしてきた時間をふりかえりました。
「山あり谷ありながら、愛に包まれたいい人生だった。まあまあがんばってきたんじゃないかな」
と、なかなかの高評価。コトリは自分に甘いらしい・・・(笑)。
だけど、不思議なもので「乳がん」の再検査がわかった時から、いつもは見ないテレビをつけたら乳がんがテーマになっている番組がやっていたり、雑誌のコラムに、再検査にいく病院の担当医師が寄稿していたりと偶然が重なりはじめるのです。
おかげさまで「乳がん検査」や「乳がん治療」に、すこしばかり詳しくなりました。
次回にでも、そこらへんのお話をご紹介しようと思います。
2007年03月15日
料理工房てだこ亭




ある日、コトリ母から1通の手紙がきました。
中をあけてみると、雑誌の切り抜きのようなものと千円札が数枚出てきました。
「らでぃっしゅぼうやのカタログに載っていました。もう何回か足を運んでいるかもしれませんが・・・」
『らでぃっしゅぼうや』というのは、実家が毎週とっているオーガニックの宅配食材屋さんです。
そこのカタログに、那覇にある「てだこ亭」が紹介されていたのです。
化学調味料をいっさい使わない、地元の食材を使うという徹底したこだわりのお店。
コトリ母が予想していたとおり、1度「てだこ亭」にいったことがありました。
兄が沖縄のマラソン大会に来た時に、体にいいものを食べようということでいったお店です。
あれから約2年ぶりにやってきました。
おいしい。おいしすぎる。素材をいかした料理が、味付けが。
あの素晴らしいフォカッチャの味も健在でした。
シェフのみどりさんの笑顔がまたいいのです。
「琉球ガーデンBOOKS」(みどりさんが写真を撮っています)を持っていることを伝えると、庭に植えてはいけない植物を2つ教えてくれました。本にはのせられないそうです。
大切な家族や友だちが来たら、ぜひ連れて行きたいお店です。
コトリ母、ごちそうさまでした。今度は一緒に!
料理工房てだこ亭
住所 : 那覇市松尾2-11-4
098-860-0150






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